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ホームレス状態を生み出さない
日本の社会構造をつくる

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「まだまだ、私にもできることがある」

ボランティア親善大使に選ばれ、ワシントンD.C.での濃密な1週間の国際会議を体験した。各国の親善大使の活動を聞いてみるとスケールの大きさに舌を巻くばかりだった。中学生ながら何億円というお金を一人で集めている人や、企業や行政を巻き込み活動を展開している人もいた。何もないゼロの状態からたった一人でも懸命に活動に取り組んでいた姿に非常に刺激を受けた。その経験から気付かされたのは、いつの間にか『私にはここまでしかできない』と自分の中で限界を作っていたということだった。

まだまだやれることがある。そう考えた川口は帰国後、衝動的に1枚の絵を描いた。それは、施設の間取り図だった。

とりあえず、ここに駆け込めばなんとかなる。
相談に来たその日からゆっくり休むことができる個室が用意されており、栄養の取れる温かい食事がいただける食堂がある。そして、誰もが働ける仕事がある。
そんな場所があれば、この日本で、この大阪で、路上で孤独になくなってしまう命を救えるのではないか。そんな仮説から描いた1枚の絵だった。

そして18歳になった川口は大学へ進学する。ホームレス研究が日本で一番進む大阪市立大学で労働経済を学ぶことに決めた。大学では学業のかたわら、様々な経験を積もうと複数の団体に入り視野を広げた。そして、19歳になり数ヶ月が過ぎた頃、応援してくれる友人の後押しを受けて、任意団体を設立することになった。ビジョンはかねてからの川口の思いであった「ホームレス状態を生み出さない日本の社会構造をつくること」に決めた。

団体名は電車のホームからの転落防止策であるホームドアのように、『人生と言うホームからの最後の転落防止柵』となれるように、そして、『誰もがただいまと帰ることのできる温かいホーム(=居場所)への入り口』という役割を担う団体になれるようにと願いを込め、【Homedoor】と名づけた。こうして、Homedoorは2010年4月、ついに産声をあげた。

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